ジークフリートの遊ぶログ

そそっかしくて、キーボードタッチのミスに気が付かないことが多く、過去に投稿した記事も観直しながら編集しています。

ちびまる子ちゃん

 
カテを『特撮・アニメ』にしようか『漫画』にしようか、迷いましたが、大きなくくりとして漫画にさせていただきました。

ちびまる子ちゃんの原作者・さくらももこさんが亡くなられ、今もショックを引きずってます。

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         8月28日の中国新聞より

訃報は、第一面と・・・

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・・・25面。
7段に渡って記事が書かれています。

※ 陽の当たり具合により、被写体を逆さに撮影しました。

漫画家の死亡が、これほど大きく取り上げられるということは、本当に影響力のあった方なんだろうと思いました。

彼女を一躍有名にした作品と言えば・・・
 
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・・・りぼんに掲載されたちびまる子ちゃん全16巻。
当時7巻までは買っていました。
 
コミックスを買ってみようかな、と思ってしまったきっかけは、アニメでした。

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・・・9月2日に放送されたものです。

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・・・この日は追悼として、2011年10月16日に、原作25周年を記念して放送されたものを、急遽特別編成されたものでした。

内容は・・・
 
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・・・と、第一回目の放送だった1990年1月7日のものをリメイクしたものでした。

第一回目の時は、まだアナログだったから、画面はこんなに横長くはないです。

また、この時のエピソードのお姉ちゃんの声は、やはり乳癌で亡くなった水谷優子さんで感慨深いものがありました。

エンディングが終わると・・・

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・・・ゆったりとした口調でナレーションが流れました。

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・・・番組はまだ続くようです。

そして・・・
    
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・・・このよう締めくくられました。
 
日常だったものが無くなるような気がしましたが、救われた気分です。

ちびまる子ちゃんと言えば、他にヒットしたものがありました。

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・・・B.B.クィーンズ「おどるポンポコリン」

この当時のCDは・・・

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・・・このようなトレーでした。

ちなみに私は・・・
     
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・・・このようなプラケースで、全てのCDのジャケットを保護していました。

余談ですが、B.B.クィーンズの中で唄って踊っていた三人が独立して・・・

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・・・Mi-Keと言うユニットで“想い出の九十九里浜をリリース。
「ナースステーション」というドラマの主題歌を唄い、これもヒットしました。

「ナースステーション」は全話録画してますが、テープは無事かどうか・・・

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・・・真ん中の宇徳敬子さんは今も活躍されてます。 

9月2日も夜が更けて、午後10時のMr.サンデーという番組で、さくらももこさんが取り上げられました。

“あなたは今日のちびまる子ちゃんを見ましたか?”

と、ナレーションと、先程のエンドロールの後のナレーションが流れました。

そして・・・

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・・・さくらももこさんの素顔について、深く掘り下げた内容が放送されました。

さくらももこさんが「オールナイトニッポン」でMCを務めていた時の肉声も流れました。
私も夜中に聴いてましたが、TARACOによく似ていて、まさに“ちびまる子ちゃん”そのものでした。

実はちびまる子ちゃんにはパイロット版が存在していたようで、第一回目の「まる子、きょうだいげんかする」が紹介されました。

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・・・これは、本日放送されたもの。
これと比べてみます。

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・・・音声はなく、動画のみです。
柄を観て、さくらももこ先生はGOサインに待ったをかけたそうです。
 
健康的で明るいのはいいのだが、これは本当のちびまる子ちゃんではない、と。
 
で・・・
実際に放送されたのが・・・
 
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・・・これが第一回目の放送でした。
絵柄が随分違います。

本当は笑えないシーンなのに、クスっと笑ってしまうシュールさなど、さくらももこさんの作風が関係者により解説されました。
さくらももこさんは、何より気づかいの人だということでした。
 
 
さて、ここにスクラップブックがあります。
 

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・・・これには、

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・・・ちびまる子ちゃんについての、切り抜きがしてあります。

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・・・ちびまる子ちゃんは、4コマ漫画として新聞に連載されていました。
地方紙です。広島では中國新聞でした。他には東京新聞北海道新聞中日新聞などに連載されていたようです。

2007年7月1日から連載が始まるのですが、その日が近づくにつれて・・・
 
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・・・宣伝は大きくなってきたのでした。

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・・・一面いっぱいの広告もありました。

では、その4コマ漫画を・・・

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毎日の作品を、こうしてスクラップしたものです。

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・・・第一回目のちびまる子ちゃん

日曜と祝日の時はカラーで、平日は線画だけでしたが・・・

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・・・このように途中から、毎日カラーになりました。

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・・・この4コマ漫画も単行本化されたのですが、私はまだ購入してません。

しばらく続いた4コマ漫画でしたが、ある時を境に、さくらももこさんはペンを休めてしまいました。

それは、東日本大震災にショックを受け、笑いもいいけれど、実は幸せと言うのは何気ない日常の中にこそあるのだと、いう事でモチベーションが上がらなかったようです。
起承転結のある漫画と違って日常にはオチがありませんからね。

大震災直後の原稿は、18日に掲載されました。
これは、先程のMr.サンデーでも紹介されました。

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・・・この日の漫画を私も覚えていますが、改めて拝見して泣けてきました。

起承転結のあるべき4コマ漫画なのですが、実はオチらしいオチがなかったり、2日に渡っての連載になってしまったエピソードもあるなど、朝から純粋に笑いを求めていた人には不評でしたが、私はこの絵のタッチやほのぼのとした感じが好きでした。

53歳でお亡くなりになられたさくらももこさん。
この後まだ数十年?とお描きになられてたかも知れません。
漫画だけでなく、エッセイやイラストでも活躍されていたことでしょう。
心からお悔やみ申し上げます。
 
 
ここ数年はアニメを観てませんでしたが、以前の普通の日曜日を取り戻して、生活のリズムを変えたいと思うようになりました。
また、一つ一つスクラップしていくマメさが、休日の私を縛っているのですが、何か資料になるんじゃないか、との根拠のない妄想も手伝って、今家の中は色んな書類が山積みです。

新聞だけでなく、雑誌の切り抜き、雑誌から気に入った漫画のエピソードも外して、製本し直したりしてます。
無駄な作業、と考えたこともありましたが、今回の記事を作成するにあたって、4コマ漫画を紹介することが出来ましたし、CDの保存状態も完璧でした。
コミックスも、まだ7巻までしか持ってませんでしたが、本棚からすぐ取り出せました。
自分でも凝り性だと自覚しています。

 
長い記事になってしまいました。
お付き合い下さりありがとうございました。


※ 何度か推敲しましたが、アップ後読み返して、修正することがあるかも知れません。
 
はてなに移行して、カテゴリーを“アニメ”にも含めました。